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葉月29日 内宮社について

おはようございます。

先日のブログ『本宮社』で新宮社と内宮社の合祀の件をUPしました。

今日は、内宮社について少し記しておきます。

内宮社とは、当社の摂社の一つです。

『梁塵秘抄』に

一品精霊吉備津宮、新宮、本宮、内の宮、隼人崎、北や南の神客人、丑寅みさきは恐ろしや

と見えます。

これにより、既に平安時代には都にまでその名を知られていた事が分かります。

内宮は吉備の中山の山中にありました。

明治43年3月16日、本宮社に合祀されたので、社殿はありません。

現在、旧社殿の跡地には石柱が立っています。


内宮社址

正面には

吉備津神社摂社内宮社舊址

という文字が読めます。

裏側には、

明治43年3月16日本宮社に合祀

と彫られています。


内宮棟札写によりますと

上棟。元禄3年庚午2月8日


また、内宮御遷宮次第には、

御遷宮。元禄3年庚午2月13日

                        出典『吉備津神社文書』

これにより1690年に社殿が建てられた事が分かります。

また、境内古図には、

「摂社内宮。瓦葺。高八尺三寸、桁八尺七寸、梁九尺五寸。此地坪二坪三合。

                       出典『一品吉備津宮社記』

と書かれており、その規模も分かります。

現在の内宮社旧社地周辺は、草に覆われています。

場所は、周囲を山で囲まれた処であり、

境内古地図で見られる緩やかな石段を数段発見できました。

その石段を真っ直ぐ上った正面に石柱があります。

境内古地図では桜が綺麗に描かれておりますが、

現在でも山桜が見られ、当時が偲ばれます。



補足
『梁塵秘抄』・・・歌謡集。後白河法皇撰。12世紀後半成立。
後白河天皇・・・第77代天皇。1169年出家。法皇となる。
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皐月18日 御竈殿の臨時休みについて(おしらせ)

鳴釜神事で有名な当社の御竈殿ですが、
5月25日(土)前後より、しばらくの間、
休ませていただくこととなりました。

予定は10日ほどですが、詳細が決定致しましたら、
改めておしらせいたします。

何卒ご海容願います。

卯月16日 当社の狛犬①

おはようございます。

今日も良いお天気ですね。

当社の大銀杏も葉がちょっとづつ大きくなってきました。

扨て、社頭では様々なご質問を頂戴致します。

その中で、よく「狛犬がないね~」ですとか、

「鳥居がないですね」というのを言われることがございます。

そこで、今回は狛犬をご紹介したいと思います。



こちらは、本宮社側の廻廊入り口の狛犬です。

阿(あ)形ですね。

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こちらは、吽(うん)形です。

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願主が「当國 倉敷講中」となっております。

倉敷講中というのは、倉敷にある講社の人々を意味しますが、

つまり、倉敷の当社の吉備津講のことです。

現在でも岡山県内広く吉備津講社があり、正月、5月、9月には特に参りが盛んです。


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奉納の年が、寛政3年となっております。

寛政は江戸時代、寛政3年は西暦1791年となります。

堀家光政というのは、取次ぎの神主です。

当社の社家は非常にたくさん存在しました。

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願主の方のお名前は彫られております。

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同じく願主のお名前が入っておりますね。

灯篭や玉垣など奉献のものはたくさんありますが、

人々の大神様への感謝の気持ち、あるいは、

強い願いなどあって奉献されたのだと

現在でもその強い想いを偲ぶことができます。